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ネットいじめ後自殺 さいたま 中3、遺書に同級生名 - 続き

昨日の記事の続き。

しかしながら、子供にそこまで達観することを望むのは酷だ。

私も中学生くらいのときはいわゆるいじめというようなものに自ら出くわしたことがある。
が、その時点で昨日の記事に書いたようなことは考えていた。
そして、彼らはなんてかわいそうな人たちなんだろう。彼らを救うすべはないのだろうか?
そのようなことを考えていたのだ。

しかしそれは極めて稀な例だと思っている。

だからこそ、周りの大人がなんとかしてやらなければならないわけで、本日の記事のテーマはそこにある。

まず家族は子供の変化に敏感に反応すべし。
そして、次にそれを単に学校内の問題であるとして、先生に不平不満を言うだけで済ますことなからず。

子供を救うのが目標であれば、先生と共に活動しなければならないし、どちらの責任だとか低レベルの争いをしていても解決の糸口は見えてこないだろう。

また、いじめが深刻な結果を生んでしまう場合、それを未然に阻止できないのは、家庭環境にも問題があるのではないだろうか。
普段から子供とコミュニケーションがうまくとれていなかったり、家庭内でまた別の問題を抱えていたり、そういったことが背景にある場合が多いように感じる。

次に現場をあずかる先生諸氏。
何も起こっていない現場、起きていない日はないという位の認識で、対案を練る必要があるだろう。

極端な話、現場にすべからく監視カメラを設置するぐらい、やっても許されると私は思う。
それがプライバシーの侵害だとかいって、生徒の家族やPTAにあーだこーだと指摘されるのであれば、プライバシーを云々語る前に生徒の安全確保が第一であり、また現在はそれ位しなければならない非常事態なのだとねじ伏せてしまえばよい。

大体、先生自体、いつ誰に刺されてしまうかわからない世の中だ。
自らの身を守る手段を講じることと平行して、この問題についてより深刻に議論を進めていかなければなるまい。

もちろんこういった話題に対して学校や先生といった単位で活動を起こすのは困難だし、当然のごとく各教育委員会や文部科学省など、彼らを監督する機関が率先して活動を行い、統制をとっていかなければならない。

閑話休題。

先生が生徒とほげほげしたとか、個人の趣味や嗜好を抑えることの出来ない半端ものが先生として仕事しているのもまた現状だ。
そういった輩を学校から排泄する活動もまた並行して進めていってもらいたいものだ。

・・・続く・・・かもしれない
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