スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

携帯電話持ち込みに一定の方向性を ネットいじめ自殺受け、文科相

yahooの記事から。

 さいたま市立中学3年の女子生徒=当時(14)=がネットいじめを苦に自殺したとされる問題で、塩谷立文部科学相は20日の閣議後会見で、携帯電話の学校持ち込みについて、「実態調査を踏まえて、文科省として一定の方向性を打ち出したい」と述べた。

~中略~

 携帯電話については、政府の教育再生懇談会が小中学校への持ち込みを禁止すべきと提言。塩谷文科相もこれまで「学校に携帯電話は必要ない」などと発言している。


極めて深刻なほど、想像力と現状把握能力に欠けていると感じた。
こういった一言一句に、日本という国に対しての絶望感を感じてしまう。

「学校に携帯電話は必要ない」ではなく、「本件は携帯電話でアクセスするサイトを舞台とはしているが、携帯電話そのものはいじめの根本的な原因ではない。」「(本件に限らず)いじめの問題に対して抜本的な対策を練る必要がある。」「現代社会において(子供も含め)携帯電話は必要不可欠なものになっており、学校への持込みを禁止するようなものではない。」「ただしその使い方については家庭および教職員から一定の教育をするように」位の発言をして然るべきではないだろうか。

実際、携帯電話は親が子の安全を確認したり、一定のコミュニケーションをとることで安心をしたり、(御幣がある言葉ではあるが)GSP装置を使って監視したり出来る、子供が持つことに非常に意味のあるデバイスである。

ちょっと自らを振り返ってみれば、それを持っていなければ外出するのもはばかられるようなものだと気がつくと思うのだが。。。

それに、携帯電話の子供への普及率を考えたときに、それが教育のIT化を一歩進めるために非常に有効なデバイスである、といったことを考えたりしないのかねぇ。

たとえば、生徒の(成績や出席率、素行などの)管理データベースを作成し、そこから生徒一人一人にユニーク(かつ有益)な情報を(システマティックに)発信する。彼らに不足している要素、わかりやすい例で言えばその生徒が解けなかった問題の解法などを配信することで、現場では実現できなかった濃密なケアーを実現する。そんな仕組みが構築可能であるとか、教育の現場で誰も考えていないのかね。

未来から明るい光を奪うような大人の行動には、うんざりだよ。
そんな世の中で子供たちが育っていかざるを得ないって考えると気の毒だよ。

いじめられていなくても、「馬鹿」でない子供は「大人になる前に死を選ぶ」。
そういう理解の仕方も出来てしまうのが、怖いわ。
<<==このブログの応援に、ポチッと押していってください!
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://atomico.blog72.fc2.com/tb.php/400-02d780ef
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。